求人歴史街道

明治の大阪

明治の大阪は、特に文明開化の影響を受けた都市として有名です。
しかしながら、明治政府に逆らうことが多くあった大阪の民はいろいろと問題を起こしていました。

明治政府の許可なく、当時の「阪神電気鉄道株式会社」と「阪急電気鉄道」と「大阪市営電鉄」を作り、明治政府が国土強化の元行っている国鉄の収益を大阪のものとしようとしていました。
そこに、明治政府がまったをかけ現在の「梅田駅」ができたといわれています。

そのため、国鉄開発の求人を出そうとしても大阪の出版会社に依頼しなければならず、
明治政府はこの出版会社を国営化しようとしたのですが、当時の大阪の民の反発が大きくできずに
指をくわえる事しかできなかったそうです。

とはいえ、国鉄開発は国土強化の土台となるもので、
明治政府は1878年に大阪の出版会社に対して後に改定される「治安維持法」を発令しました。
この発令と同時に反発者を一斉に検挙し、今でいう北海道へ開拓民として連行しました。

政府が求人を出すのに苦労をするほど大阪は明治政府と戦っていたことが伺えます。