求人歴史街道

平成の西宮について語ります

平成の西宮についてはなのですが、平成にあたってはバブル全盛期が最高期を迎えました。
特に、浜の方での求人が多くなり多くの中小企業で求人広告誌を賑わせていていました。

中でも、西宮バイク部品は多くの大手メーカーの下請けを担っており、バブル期ではバイクが飛ぶように売れるとその部品作りのための職人が必要となりました。
そこへ、求人広告会社が多数営業を行い、売り上げを上げていたともされています。

しかし、バブル崩壊後は、そういった世の中の贅沢がなくなり、中小企業の経営も悪化していきました。
そんな時、山側ではセレブを相手にした飲食フードが盛んになっていました。
国産牛100%使用した焼き肉や、フランスから直接仕入れたトリュフを使ったフランス料理店等…多くの高級食材を使用したお店が多くできました。

また、政府の地域復興権とオリンピックブームに加速化されて、液晶テレビの製造が盛んになりました。

西宮に多くの液晶ディスプレイの工場ができ、プレス作業のによる枠組み作り、溶接技術を活かした作業等、手に職を付けていることが必須の職業が浜側で盛んになりました。

そう液晶ディスプレイが盛んになっていましたが、リーマンショック後は働いていた人が一斉にクビになる「派遣切り」が行われ、この兵庫でも問題になりました。