求人歴史街道

明治の京都の歴史

明治時代の京都の求人をご紹介しましょう。

京都といえば明治より以前の江戸時代において日本の政治経済の中心でした。
1867年11月9日の大政奉還後、多数の市民や天皇御用達と言われていた商人たちが東京へ移住したことにより京都の人口は三分の二にまで落ち込む結果となりました。
この時代に京都は西京と呼ばれ、今でも食べられている西京焼きはその時代の呼び名の名残です。

さて、大政奉還後の明治24年。京都は琵琶湖に近く、琵琶湖から流れてくる豊富な疎水を利用し水力発電がはじまりました。
その用水路の竣工から発電所の建設、送電線の設置など、この水力発電により大量の求人が生まれました。
元気をなくしていた京都が新たに活気を取り戻すきっかけになったわけです。

そして明治28年、勧業博覧会が開かれたのを機に電気鉄道の建設も始まり、ここにも大量の求人や雇用が生まれました。
京都の電気鉄道の業務の許可が下りたのは2年前の明治26年ですから、着工からおおよそ2年で開通したという驚異的なスピードです。
ただ、通行上危険な箇所を通行人に知らせるために電車から降りて伝えたり、夜間には提灯を持って走るなど、かなり過酷で重労働な業務だったため、明治37年に廃止が決定しました。これがいわゆる伏見線です。