求人歴史街道

明治の神戸の歴史

この時代の神戸を語る上において、神戸に有名な旧居留地、そしてそこに住む外国人の雇用について南京町を語らざる訳にはいきません。

日本が外国に対して開港し、外国人の求人・居住・経済活動のために貸与する一定の地域が設けられました。それが旧居留地です。

世は職を求め求人活動をする人で溢れかえり、混沌としていた中、明治時代に市民の間で中国料理が大フィーバーし、各家庭一家に一台は中華鍋と中華包丁がありました。

餃子、焼売、チンジャオロースー、麻婆豆腐など、中国から旧居留地に仕事を求めてやってきた人は自分の国の料理がウケるとみるや、積極的に祖国の国の料理を教え始める仕事をし始めました。そこで中国人にも求人がうまれ、街には「日本語に堪能な中国人求む」のポスターがいたるところに貼られていました。

求人を見てやってきた中国人は餃子の包み方から鍋の振り方、中国語などのレクチャーもしていたそうです。日本が開国し中国人には雇用が生まれました。さらに中華料理を食べて飢えることが無くなった市民は積極的に就職活動を行いました。

時代はエジソンやライト兄弟です。時期を同じくしてイギリスやアメリカなどがクルマのエンジンを作る作業員を大量雇用し、就職して技術を身につけた作業員が地方や県外などで起業しました。その技術が今の自動車大国ニッポンをつくる礎にもなったのです。南京町から始まった神戸旧居留地の大就職が始まったというわけです。