求人歴史街道

明治から大正に代わり変更する時代

大正時代の尼崎についてお話いたしましょう。
大正時代の尼崎の特徴はやはり、ロマン派が多くいたことです。あの有名な考える像を作った方もこの尼崎で作成を行ったとして有名です。そんな尼崎は大正時代に旧華族が毎晩のごとく晩餐会を行っていました。そのため、ホテル等が多くあり、そのスタッフの求人が多くありました。
明治から大正へと移り変わり、工場の街からサービスの街へと進化する尼崎。
文化も今までとは変わり、外食チェーン店が多くなってきました。また、そのホテル建設や旧華族の招待などで使用する道が必要となり、今までは大阪市内しかなかった2号線が尼崎まで伸びてくるようになってきたのです。
そして、その工事を行う求人も目立ち、尼崎は求人の街へとなってきたのでした。

大正から引き継がれる味

大正の尼崎は外食が盛んになっていたことは先ほどお伝えさせて頂いた通りですが、ではどんな店が有名なのかをご説明させて頂きましょう。
現在も引き続き営業をしている老舗「うなぎ犬」をまずご紹介いたしましょう。このうなぎ犬は代々引き継がれているタレを犬の蒲焼に着けて食べれるという。兵庫で犬を食べるならココ!と言われているお店です。 え?犬と思うかもしれませんが、これが絶品!さすがここでの働いている人が元トリマーだけあって、無駄に毛がありません。
また、ここで働くにはどんな資格が必要ですか?とのボラさんの質問に対しても
「ここの求人の資格は特にない。やる気と元気と岩城という名前があれば十分だ」
とおっしゃっていました。さすが、尼崎です。