求人歴史街道

尼崎の明治に生きる人々の暮らし

明治の尼崎は、今のように商業施設等はなく、田んぼが多くありました。

しかしながら、その当時盛んであった製糸工場に目を付けた西 正宗氏が、尼崎の奥地に「西正宗製糸工場」を設立しました。

その当時は、工場で働くという「工場内手工業」が主流であったのですが、彼は当時メリケンで開発された「電気」をもとに「工場内機械工業」を取り入れました。

彼の手によって、求人の募集要項が「作業員」から「機械操作」へと変化しました。この変化は、現代の工場の求人の礎といっても過言ではないでしょう。

明治の尼崎の特徴

明治の尼崎の特徴(グルメ)をご紹介しましょう。明治時代は、文明開化により西洋の食べ物が多く入ってきたといわれています。神戸には南京町ができ、それに対抗した尼崎は、日本料理で勝負に出ました。

そのため、そうした日本食をメインとした求人が多くあり、この尼崎で修業をした人も多くいたそうです。

私の祖父もその当時に尼崎で修業を行いました。尼崎でも有名な食事と言えばやはり「ボラのボラ食い」です。この前、同僚のボラちゃんと食べに行ったのですが、明治から開業しているだけあってとても風情を感じる店でした。あ…店の名前を忘れていました。店の名前は…「ボラ祭り尼」です。グーグルでググってみたら出てくるかもしれませんね。

なんと、今回は…このお店の求人に応募すると面接時にご飯が食べれるチケットを先着で10名の方にプレゼントいたします。

応募方法は…次の週にご紹介しますのでお楽しみに!!